2003/6/10
おはようございます。 mojiko.comの魚住です。
お品書き
・ニビル星は来なかったけど・・・
・その時歴史が動いた
・第3回針穴写真塾
・7/4に加藤先生のコンサート
・映画・漫画の日々
■■■ ニビル星は来なかったけど・・・火星は大接近 ■■■
いよいよ北部九州も梅雨入りだそうです。
今朝は晴れていますが、鬱陶しい季節の始まりです。
さて、その梅雨が終われば、今年の夏の最大の関心事は火星の大接近でしょう。 この間までニュースを席巻していた白装束の集団が騒いでいた「ニビル星」とやらは来ませんでしたが、こちらは確実に来ます。それも、なんと紀元後最大の大接近とのこと。
うーん、迎撃しなければ(何?迎撃って?^^;)
そもそも迎撃にはそれ相応の道具だてが必要というものではないですか。 これなんぞ、4吋以上のモデルがあればおそらく私は自動的に追尾モードに切り替わってしまう気がします。
http://www.stargaze.co.jp/order3/NBA71/NBA71.html
倍率を変えられる双眼望遠鏡がここまで安くなったのか、と驚きです。
火星も来るし、今年の夏のトレンドは「人工の光より天然の光を」になってほしいな、と星屋の私としては願っています。実際、この夏の日本の電力供給は綱渡りのタイトさで、人工の光をばんばん街の化粧に使う余裕はないでしょうから。
火星大接近の記事(後ろが望遠鏡の紹介になっていることに他意はない)
http://www.stargaze.co.jp/03Sum/0306.html
■■■ その時歴史が動いた ■■■
NHK山口の安達もじり氏より久しぶりに案内を貰いました。
人気番組「その時歴史が動いた」で 「源義経、大水軍を奪いとれ! 〜壇の浦の戦い、奇跡の逆転劇〜」 と題して壇ノ浦の戦いを放映するそうです。
放送日時は以下の通りです。
総合 6月11日(水)21:15〜21:58
(近畿地方を除く再放送) 6月19日(木)深夜24:15〜24:58
(近畿地方のみ再放送) 6月22日(日)8:00〜8:43
■■■ 第3回針穴写真塾 ■■■
GWに開催したピンホール写真展とワークショップ、なかなか好評で参加できなかった人が多かったため、追加のワークショップが開催されることになりました。
こんどは中国製トイカメラ「HOLGA」を改造したピンホールカメラを製作します。
「第3回針穴写真塾」
・日 時:2003年6月29日(日) 10:30〜16:00
・会 場:北九州市立生涯学習総合センター(旧小倉北中央公民館)
〒803-0811 北九州市小倉北区大門一丁目6番43号
TEL:571-2712(受付窓口)/571-2735(事務室)FAX:571-0943
・費 用:3,000円(材料費) ・参加資格: 美術や写真が好きで、簡単な工作のできる方。
・定員:10名(要予約)
公式webサイト
http://www.art-photo.com/wppd/ws3/ws31.html
前回のワークショップの模様は、こちらからどうぞ
http://mojiko.com/UOZUMI/wppd2003/
それにしても、ピンホールやトイカメラって、息長くはやっているのですね。
昔、おもちゃでアートに参加した時は、正直一過性のブームだろうと思っていました。
■■■ 7/4に加藤先生のコンサート ■■■
加藤先生がムーブでコンサートを開かれるそうです。
日時は7月4日、午後6時30分からです。
お時間の都合がつけば、ぜひ遊びに来られてください。
紹介サイトにポスターデータを張り出しております。
http://mojiko.com/kato/
■■■ 漫画・映画等々 ■■■
いやいや、見てきましたよ、「マトリックス リローデット」
百人のエージェントスミス、悪いけど笑いました。
いや、間違いなく面白いのですが、あまり格闘ゲーム好きなわけではないので、格闘シーンの連続については少し飽きました。まぁ斬鉄剣を実写(ああなると実写とは何だろう?)でやるとああなるのかもしれないとかは思いましたが・・・。
実は先日、馬鹿馬鹿しいモノが見たいと思って「北斗の拳」をレンタル屋で借りて、本当に脳みそが爛れそうな思いをしていたのでしたが、プログラムで作りだした「救世主」なんかをメモリー内に撒いて実行してみせるくらいなら、マトリックスもレオにあのくらいやらせてみればいいのに。銃弾止めて空を飛べるだけでは物足りないぞ。とか思ってしまった私です。
次回完結!!
って、おいそんな終わり方かい!!
でもいいな、このスーパーBクラスの乗りって・・・。
ところで、この間妻が実家から「おたんこナース」全6巻を持ってきたの読んでいます。
これ、雑誌で連載していたのはいつ頃だろう?もうかなり前になるような気がしますが、全編通して読んでみると、面白いですね。
ただ、私も入院経験者(一般病院の内科とサナトリウムの外科なんですわ)で、不良患者(寒くなり金がなくなると病院へ帰ってくる人々)の大部屋にも居たのですが、あんな床に車座になって花札するとか、ビールとつまみを持ち込ませてかっ食らって暴れる類の患者はいなかったと思う。あれは漫画的な誇張なのだと思いますが、それとも本当にあんなことする人々が今ごろは病院にあらわれているのでしょうか?
逆に、部屋に入る人間をかたっぱしから「恨んでやる」と呪う患者は案外いるかもしれんな、と思いました。
もっとも、行動に移さない心象風景としては、という意味で、ですが。
しかし、ああいう絶望の孤独に対しては、他人はかける言葉を持たないですね。何を言っても空々しくなるのではないでしょうか。強いて言えば、下のような言葉がありますが、呪われた方の慰めにはなっても患者の方にはあまり慰めにはならんでしょう。
彼が刺し貫かれたのは
わたしたちの背きのためであり
彼が打ち砕かれたのは
わたしたちの咎のためであった。
彼の受けた懲らしめによって
わたしたちに平和が与えられ
彼の受けた傷によって、
わたしたちはいやされた。
旧約聖書の第二イザヤ書 苦難の僕の挽歌つうヤツですが、こういう「罪なき羊が罪ある人の代わりに贖罪の執り成しをする」という発想そのものが、そもそも「神前に犠牲を捧げる」という習慣自体がない我々日本人にはまず分からないです。
多分、傷病者という弱者に対する「職業としての看護」という労働の正統性もこの発想のあたりから由来しているのではないかと思いますが、そうするとますます日本人からは遠い話になってしまう気がします。
そんなことをぶつくさ考えながら、まぁ面白半分なんですが看護関係のキーワードでgoogle使ってネットを漁ってみました。すると色々出てきて、結構飽きないんですよ、これが。
ナイチンゲール誓詞なるものがあの世界にはあるのですね。 看護という業界の方が、戴帽式と呼ばれる宣誓儀式で唱えるものだそうです。
http://www.apionet.or.jp/~niss/days/naichin.html
もっとも、この誓詞とナイチンゲールという人には直接のつながりはないそうです。
さらに言えば、クリミヤの天使と呼ばれたナイチンゲールその人についても、かなりの誤解があるみたいで、ご当人はひたすら献身した控えめな博愛の実務家、というわけでは決してないようです。
英語で職業を表す言葉は"Calling"というそうですが、この人はその言葉の本来の意味である「召命」を本当に受け(「私の所に来て奉仕しなさい」という神の声を聴いたそうです^^;)、病人を救うのは愛よりも衛生環境であるとして目的合理的に効用を最大化すべく看護の理論を設計し手順を確立し、その普及(伝道?^^;)に尽力した近代主義の闘士みたいな人だったみたいです。
おまけに社会統計学の始祖の一人にして、その統計を縦横に活用した卓越したプレゼンテーターでもあったとのこと。
つまり強い形式合理性の持ち主だった、というわけです。
その啓蒙活動も猛烈なものだったらしく、活動の苛烈さから同志のある者は死に、ある者は去り、最後はネコしか身近に残らなかったと言われたりもしているようです。
どうやら子供向けの偉人伝中の人というよりも、神とともに一人たつのみ、という預言者の典型のような人みたいです。スピリッツオブキャピタリズム(資本主義精神)の権化・化身と称えるべきか、それとも女カルヴァンとでも呼ぶべきか・・・。
その当時、看護というものは専業の労働分野として確立しておらず、どちらかと言えば賤業視すらされていたそうですが、クリミヤ戦争で戦陣の傷病者の死亡率を引き下げたという実績を基にした彼女の啓蒙活躍は権威ある専門職としての看護が確立する重要な契機になったそうです。
いつの世も、社会を動かすのは百の議論より戦場の一つの勝利です。
比較優位に基づく社会的分業の発生という社会の生理に従い、必然的に専門職というものは生まれてきますが、やがてその基盤となる社会的条件が失われると消えていきます。
身過ぎ世過ぎの職業というものは、そういう"うたかたの存在"たることが宿命なのですが、「職業としての看護」という分野は、こうしてみると単なる分業としての成立以上の、近代社会の保守本流を直球で打ち抜いた市場創造物語を持っているようです。ナイチンゲールという人が太祖太宗として後裔達から重んじられるのも当然な気がしますし、ナイチンゲール誓詞という宣誓文もそういう気分のもとにいつからか成立したのでしょう。
参考サイト
ナイチンゲール(1820-1910)
http://www.ffortune.net/social/people/seiyo-mod/nightingale.htm
ナイチンゲールの思想と統計学
http://www7.ocn.ne.jp/~ooguro/nightingale.htm
誤解されてきた"ナイチンゲール精神"
http://rotorua.tripod.co.jp/nursing/nightingale.html
さて、こうしてみると「職業としての看護」というものはすぐれて近代的・西欧的な概念だと思えますが、これがわが国に入ってきてどう受容されているのか?は次の疑問として頭の隅に置いておいた方がよさそうです。
ちょっと不吉なことを書けば、すぐれて近代的な徳目のいくつかは「喜捨」や「徳を積む」という概念と混同されて、無謀を強要する装置になっているのかもしれません。
本来の資本主義の精神には「1ペニーのモノを1ペニーと交換する」という等価交換の誠実さとか、ビジネスがもたらす結果としての利潤を誇らしい神の恩寵と捉え続けねばならない、という精神の緊張があるのですが、さてそういう概念は我々にはどこまであるでしょうか?
そういう概念があれば、例えば「サービス残業」という行為に感じる意識は、今とはいささか異なるのではないか、と思います。
我々はなんとなく「善行」という意識を持っていますが、本来の資本主義的センスからみれば対価なく提供することも提供を受けることも、対する相手への侮辱の一種なのかもしれません。
と、いつもの暴走に走ってしまったところで本日はおしまいにします。
本当はここから小室直樹氏の新刊「論理の方法」を紹介するつもりだったのですが、疲れました^^;
失礼いたしましたm(..)m
魚住 耕司
北九州の港町"門司港"って知っています?
門司港で暮らす日々「mojiko.com」
注)伊達と酔狂の個人サイトです。間違えないでm(..)m
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