mojiko.com から 2003/04/26

おはようございます。mojiko.comの魚住です。

お品書き

・写真展「スローフォト」開催迫る

SESSIONサイトリニューアル中

・「八幡製鉄所職工たちの社会誌」

・けっこう評判がよかった?先日の紹介

 

■■■ 写真展「スローフォト」開催迫る ■■■

ピンホール写真展「スローフォト」いよいよ開催が迫ってきました。

4/275/3 9:0020:00 (最終日 19:00まで)

会場は、小倉京町側のつじり茶屋の二階です。 リバーウォークに遊びに行くついでに、ぜひお寄りください。

因みに私の展示作品は4点、タイトルは以下の如し。

「路地裏の少年」 「青空のゆくえ」 「陽のあたる場所 」 「夏の終わり」

あー、ベタなバクリ^^;
四月に撮って「夏の終わり」はないだろう、と自分でも思うのですが写真に表題をつける作業事体が久しぶりなものですから、智恵も沸かず。

 

「スローフォト」本来の公式サイト http://www.art-photo.com/wppd/index.html

因みに、私の方で書いた紹介サイト http://mojiko.com/event/0304/wppd.htm
は、下記部分のつじりさんのお茶を使った母の日用商品を一緒に紹介したくて書いたのですが、肝心の商品の取り扱い期間が終了しましたので今日で閉じて直接リンクへ書き換えます。

しかしこの商品、一つも購入照会はなかったな^^;
この商品のDMを友人知人に送れ、どれだけ広報をしたのかDMの送付数を報告しろという指示が出ていたので、二週間ほど前にjpegファイルのダウンロード数である200件ほどの数字を申告したのですが、局からは特に反応はなし。
「正規のやり方ではない」ということでノイズ扱い、忘却の彼方かな。
紙と送料を局に負担させる
DM送付と違い、一円だって使ってないんですけどねぇ・・・。

 

■■■ SESSIONサイトリニューアル中 ■■■

北九州の写真家集団「SESSION」のサイトがリニューアル中です。皆さんのお勧めの写真集という記事が出来ていますね。

SESSION http://www10.bird.to/~session/top.html

 

■■■ 「八幡製鉄所職工たちの社会誌」 ■■■

著者 金子毅

草風館 ISBN4-88323-130-5  2800+

「鉄は国家なり」

"これは、激動の時代を生き抜いた製鉄所の「職工」たちのもうひとつの物語である"

上記文面は帯に書かれている文章であり、これだけ一見すると「プロジェクトX」の学術版かと勘違いしてしまいそうですが、著者が追求して求めているものは、あの番組に出てくる大卒の技術者(エリート)たちのサクセスストーリーではなく、彼らの寄る辺となる既存技術を身をもって提供し、そしてそれが無効化してしまう技術革新(イノベーション)にすらも即応してきた本当の現場の人々が、犠牲を払い新たな技術を身になじませ慣れない機械をマスターしながら生きていく様を追うことで、伝統と、いきなり立ちふさがった対応必至の近代という巨大な世界への適応の狭間で、この国の人々がどう生きて、その過程で日本における「近代人のエートス」がいかに成立し、そしてそれはいかなる性質を有するものなのか、ということの追求です。

フィールドワークの舞台は新日鉄八幡製鐵所。官営八幡製鐵所以来の、日本近代産業の礎石というべき場で真っ赤に溶けた鉄の熱気と直接向かい合う危険な場で働いてきた「職工」たちの、技術・技能の身体化、理想像の変転、労災観念の変転が追跡されていきます。

著者金子毅先生のこのフィールドワークには、松永文庫の松永さんも協力されていました。

私なんぞに謹呈本が届くのはシネマサロンの関係者だからなのですが、実は忙しさと勘違いで「出版記念に会員の皆さんは全員にお送り頂いたのだろう」「次回シネマサロン上映会の時にお礼をしよう」と思っていました。
で、先週の若大将上映会で、「いや来られてないよ」「えっ、本って何のこと」というやり取りをして愕然。
会員みんなに謹呈本が届いているわけではなかったのですね。

この場を借りて出版にあたりご本をお送り頂きながら、お礼状一つ書かずにご紹介もしなかった失礼にお詫びを申し上げます。
り急ぎご出版のお祝いと御礼を申し上げます。

 

因みに、近代エートス研究といえば、M.ウェーバーが論考した「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」、という名著がスタートになりますが、はたしてわが国において「プロティスタンティズム」にあたるものは何なのか?という点では、古くは山本七平氏による「石門心学」の研究があります。小室直樹氏は山本氏の日本資本主義の研究を高く評価しておりますが、最近の著作では、石門心学よりも国学を基礎に明治新政府が意識的に作成し教育により広めた「天皇教」と呼ぶべきものを重視しているようです。

小室直樹氏がそう変わられたのは、思うに「石門心学」では「勤労のエートス」は容易に誕生しても、「経営のエートス」は生成されないのではないか、と考えられたからではないかと思います。(経営者・勤労者は「身分」ではないことに注意を。だから経営のエートスと勤労のエートスには、本来違いはなく、「経営」「勤労」は主体の現在偶々の社会条件の違いにすぎません。)

ところで、よく「日本の近代化を途上国の参考に」という意見がありますが、エートス転換の要が「天皇教」だとなると、根本的なところであまり参考にならない、ということになってしまいます。それどころか、下手をすれば「個人崇拝の軍事独裁政権の薦め」にすら誤解されかねないでしょう。でも、そういう社会でエートスの転換という「集団としての価値共有の力」が試される大事業が成功したことって、無いでしょう。秘密警察の牢獄国家ができるのがせいぜいです。

「天皇教」というのは、建国神話が天地創造に遡る、という稀有な歴史の共有が「続いている」特殊な国だからこそできたことでしょう。その地に何千年の歴史を誇ろうと、貸し座敷みたいに歴史の主体が変わった果ての今の支配者が何を言っても、歴史の剽窃にすぎませんから、そんな力はでないと思います。

(別に*4千年の歴史とか、古代ローマの偉大さを誇る今のイタリア人のことをどうこう非難しているわけではありませんので念のため)

 

■■■ けっこう評判がよかったかも 先日の紹介 ■■■

前回、「アメリカの論理」を紹介したとき、仁義を通そうと思って著者のメールアドレスに投げ込んでおりましたが、気に入ってもらったのかwebの方で紹介して頂きました。以下のURL4/10の日誌をご覧ください。

http://tameike.net/diary/apr03.htm

まぁ悪口なんて上手くなりたくはないのですが、本当に今回の戦争においてはうんざりすることが多かったものですから・・。
特に、自称他称の「アーティスト」なる人々の正義感の粗雑さ。

オリンピックでメダルが取れないから大統領の息子から懲罰として拷問されるような国で、自分が生きていけるのか?結果としてそんな国の存続を支援している自分は正しいのか?くらい「アーティスト」の矜持をもっているのならば少しは考えてほしかった、と思います。
と思っていたら、そういうことを考えていた人もいたのですね。

http://www.interq.or.jp/pacific/getjapan/WAR1.htm
「私を含めかれらがイラクに暮すイラク人であったとするならば、全員刑務所行きか、銃殺系であろう」

自由にものが言える、というのはありがたいことです。少なくとも、ブッシュは自分の悪口を言う者を殺しにはこないでしょう。やったらアメリカ社会が許さないでしょうし。でも、偉大なるサダム大将軍や偉大なる尊師さまの類なら、地球の裏側の人間でも殺すか拉致しかねませんし、彼の支配下で苦情を言い立てることも慈悲を乞う哀願も意味を成しません。

例えば、こちらの方のように地名の変更がひどい、と抗議するも命がけかもしれません。

http://homepage2.nifty.com/itsuro_umemoto/diary_frame.htm

私は、そんな社会はゴメンです。

「リメンバー** キープアラートニッポン」と言いたいくらいです。
**には「サリン事件」でも「大躍進礼賛」でも「一億総懺悔」でも「拉致」でも「坂本一家殺害」でもお好きなフレーズをご自由に。
翻訳は、 "**の顛末を忘れるな。眉に唾を忘れるな"といったところでしようか。

それにしても、「さいたま」の地方行政は本当に評判が悪いみたいですね。

 

これがもうすぐゴールデンウィーク、という時に書く内容だろうか、と思いながら終わる今回の「mojiko.comから」でした。

さぁ、展示の準備に会場へ行ってきます。

     魚住 耕司

北九州の港町"門司港"って知っています?

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