2000年6月3日

おはようございます。
mojiko.com
の魚住です。

お品書き
・リンク集に「九州春夏秋冬」を追加
・みなと祭り なかにしさんのBBS
・郵便局だよりの6月号
・北海道、横田雅博さんの写真集
・日刊デジクリの連載、今月も無事()クリアー
 (今回は、ちょっとヘビーな話題だったかも)


mojiko.comのリンク集に、しんでんさんという方のつくられた
「九州・春夏秋冬」を追加いたしました。
http://www.light.ne.jp/%7Ehaccyou/
門司港に限らず、九州の美しい風景が一杯あるサイトです。

・みなと祭り、なかにしさんのBBS

毎年、みなと祭りが終了して、当日か遅くとも二日後には、
web
を作っていたのですが、もはや一週間。
申し訳ありません、パレードはVTRに収めていますが、中々
制作の時間が取れないのです。

今年のみなと祭りの様子が知りたい方に、とりあえずこちら
を紹介いたします。
http://bbs.c-studio.net/hikoshima/100111.html
インターネット彦島のなかにしさんによる写真入りのBBSです。

・郵便局だよりの6月号
仕事で作っている郵便局だよりの6月号が出来ました。
今月から制作時間が苦しくなったのですが、なんとか作れて
ホッとしております。
ご興味のある方はご覧ください。(アクロバット4.0ファイルです)
http://ww7.tiki.ne.jp/%7Epost-mojiko/osirase/
から1クリックです。

この局だよりは、回覧版で全戸回覧なのですが、今回は、実は
一部公民館から「なんで郵便局のPRなんかしなければならんのか?」
みたいな苦情の声がきたりして、業務事務が増加して手一杯に
なっていることもあり、「これだけ商品紹介も一切しないで地元の
情報だけに集中して制作しているのに、中身も読まれることなく、
ボランティアの老人(公民館の方々)をタダでこき使ってPRペーパー
を配っているみたいに受け取られるなら、製作者として心外です
から、もう作るのやめましょう。商品チラシを丸写しの、員数発行に
してしまいましょう。郵政局は、中身はどうせ評価の対象外でしょ」
と、過激な事を言いかけていたのです^^;
要するに、瞬間湯沸し機になって切れかけていたわけです。

そんなちゃぶ台ひっくり返せ的な気持ちを持っていたのですが、
作ってみると、米澤さんという方の個展開催の紹介記事や7日の
セミナー紹介の記事は新聞社のニュースソースになったり、今回
は目に見える形で意外に反響が多く、読まれているし役にもたって
いるみたいですから、やめちゃいかんかな、と思っております。
でも、局のサイトの更新まで手が廻らないのが辛い昨今です。

・北海道の写真集
個人サイトのリンク集にある横田雅博さんから、サイト更新の
ご挨拶を頂きました。
横田さんは、北海道で、美しい風景自然を撮影されている方です。
みなさまも、ぜひ一度伺ってください。
http://www.infosnow.ne.jp/~masa/
このたび、写真集「森の時間」を出版されたそうです。
おめでとうございます。
(出版社「青菁社」、定価 税別1,600円 ISBN4-88350-021-7 )


・日刊デジクリの連載、今月も無事()クリアー

毎月、怪しげなことを書いているのですが、今回はこういうお話です。
デジクリでは、柴田編集長が、行を整理して見出しをつけてくれたの
ですが(本当に、トンマな書き手で、申し訳ありません)、こちらには
生原稿を添付いたします。

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最近、堰を切ったかのように報道されている年少者による凶悪犯罪について、
うんざりしながら目にするたびに、私はこんな文章を思い出してしまいます。

『彼は、得々として、復員船の中でやった将校や下士官へのリンチの話をした。
その話は、昔の内務班の、加害者・被害者の位置が逆転しているだけで、内容
は全く同じであった。
「かつての加害者は、こういう顔をしてリンチを語ったなあ、戦争は終わって
も、立場の逆転だけで、その内容は、結局何もかも同じことか」。私はそう考
え、暗い気持になった。宇都宮参謀副長はただ黙って聞いていた。
 相手は、われわれの反応が意外であったらしく、「あんたらの船にゃ、そう
いうことはなかったんすか」ときいた。私は、口をきく気はなかった。そのと
き、氏は静かに言った。
「なかったな。何もなかった・・・。この人たちはみな地獄を見たのだ。本当
に地獄を見たものは、そういうことはしないものだ」 』

 
山本七平の著作「一下級将校の見た帝国陸軍」にあるエピソードです。
私にとっては懐かしいこの著作の中で、山本七平は、自らの体験した徴兵検査
からフィリピンでの敗戦と復員までを語っているのですが、内務班の私的制裁
やら、「将校を撲り倒すのが唯一の趣味」というような狂暴な参謀が、結果は
いつも行動の主導権をもったことや、収容所ではかならず暴力団が発生して、
彼らが支配するようになることなど、「暴力(恣意による強制)による秩序」
が日常を支配してしまう事を紹介した上で、巻を置く最後に来て、前記の会話
を置き、その説明の最後をこう結びます。
「常識()からいえばあり得ない逆、いわば奇跡に等しいことを、人間のこの
一面を、人は心のどこかで、無条件に信じている。そして、それが信じられる
限り、パンドラの箱を開けたに等しいどのような世界にも、一つの希望がある」
と。

*1.
残虐な体験をした者はやり返す(復讐する)はず、という加虐と復讐の連鎖


 
このエピソードを読む時、いつも思います。「本当に地獄を見た」者がもつ
思いというのは、一体何なのか?そして、どこかで「無条件に信じている」も
のとは、どんな思いであり、それはどんな風景にあるのか?一体、彼らの「心」
は、何を見たのか?と。

 
たとえばこういう風に理解したこともあります。
あるいは「人は必ず死に滅びる」ということを、目の前の彼のように、私自身
も滅びねばならないことを実感したとき、そして、その実感の上に、誰一人の
例外なく滅びねばならないという道理に直面させられた時、「だから誰がどう
なろうと得手勝手をした方が勝ち」という我勝ちの心を、逆に人はもてないの
ではないだろうか?と。
 
人の世界で「徳がある」と呼ばれる行動の奥底にある心根とは、本来ある種
の諦念や、哀しみなのかもしれない。それが、せめて寄り添う事を求めるよう
に働くのかもしれない、とも。

 
そして、そういうものは果たしてどうすれば他人に届くように表現できるの
だろうか?ということも考えます。例えば、先ごろのバスジャック犯のように、
悪戯に世界への憎悪ばかり滾らせた者に、表現して届けることができていれば、
或いは、彼にはあの様な凶行とは、別の人生があったのかもしれません。

 
しかし、そんな都合がよい話があるだろうか?そんな心の底深くにある思い
など、そんなに安々と表現したり、他人と共有したりすることが可能なのだろ
うか?という疑問もあります。疑問というよりも、それは表現もできないし、
共有もできないのではないか、という届かないことへの確信とか、軽い絶望の
ような気持ちです。
 
所詮、こういうものは他人が「与える」ことができるものではなく、その人
が自らで明確なり薄々なりに体得していくしかないのかな、という気がします。


 
山本七平さんという方は、平成三年に他界されていますので、今となっては、
今日の日本の「荒れる青少年」について、どう思われるかを聞くことなど全く
叶わないのですが、その晩年に、
「これから人々を苦しめるのは、無制限の人々の中に拡散していく無組織の小
暴力」であろう、と考えられていたそうです。胸中に愁うところがあったので
しょうから、今のわが国の様を見たなら、舌打ちしたい気持ちになられたかも
しれません。
 
私は、まだ読んでいないのですが、晩年の「日本人とは何か」という著作で
は、三人の江戸時代の人が取り上げられていたそうです。そして、その三人に
は、戦争や暴力革命で理想社会が出現するとは考えず、その様な手段を用いず
に社会の矛盾をいかに解決するかを具体的に追求した、という一つの共通点が
あるそうです。
 
彼らが、なぜそのような地道な解決にしか目を向けなかったのか、そして、
その地道さを追求し続けたのか、ということに「拡散していく小暴力」の魅力
とか衝動とかを封じる何かを見たのかもしれません。

 読んでいない本ですので、それ以上の事は言えないのですが。

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うーん、デジタルを駆使するクリエーターへ向って書くような内容
ではないなぁ、と聊か自ら小首を傾げてしまうようなところもある
のですが、「アノミー論」を書くよりはましだったでしょう。
こういう文章を読んだからと言って、映像化や文章化を試みる人
も出ないだろうなぁ、とも思います。

私の気持ちの中では、うんざりする少年犯罪に触発されて、とい
面だけでなく、前回書いたものと続いているところもありますし、
また、個人的な体験や周囲の体験談等から触発されて書いた面
もあるかもしれません。(18から、「闘争」華々しい時代があった
官の世界の労働者の一人ということも影響しているかもしれません・・・
−このあたりおもいっきりボカシ入り−。)
心配する振りをして実は周囲に分からないようそれとなく脅迫する、
とか、学校で「敵」の子供を迫害(いじめ)させるとか、今でも、色々
な所に色々な「闘争」のご手段をお持ちの方がいる。かもしれません・・・。
(そういう手合は、中々狡猾なものですから、第三者には尻尾を
掴ませることはまずないでしょうし、むしろ、第三者には逆のよう
にさえ見えることもあるかもしれません・・・。
全くやっかいな話ですし、できるだけ知らぬ顔をするに限るでしょう。)

人が「心のどこかで、無条件に信じている一面」というものは、言わば
最後の明かりみたいなか細いものでしょうが、他人のそれを、あたか
も当然の無尽蔵の資源みたいに無神経に食いつぶす生き方を、
「崩しの思想」とか呼ぶのではないか、と思います。
近年、「寄生虫」とか「廃墟」とかが流行りなのは、何か暗示的です。

うーん、やはり、この手の話題は、ちょっと扱いにくいところがあります。
ではこうすれば、という、即効性もあって、この世の問題を全て解決して
くれて、バラダイスを地上にもたらすような名案も持ち合わせていませんし・・・

なんか変な終わり方になった今回の"mojiko.comから"でした。


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     魚住耕司
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