■デジクリトーク

拡散していく小暴力

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 ●一体、彼らの「心」は、何を見たのか?
  最近、堰を切ったかのように報道されている年少者による凶悪犯罪について、うんざりしながら目にするたびに、私はこんな文章を思い出してしまいます。
  "彼は、得々として、復員船の中でやった将校や下士官へのリンチの話をした。その話は、昔の内務班の、加害者・被害者の位置が逆転しているだけで、内容は全く同じであった。「かつての加害者は、こういう顔をしてリンチを語ったなあ、戦争は終わっても、立場の逆転だけで、その内容は、結局何もかも同じことか」。私はそう考え、暗い気持になった。宇都宮参謀副長はただ黙って聞いていた。相手は、われわれの反応が意外であったらしく、「あんたらの船にゃ、そういうことはなかったんすか」ときいた。私は、口をきく気はなかった。そのとき、氏は静かに言った。「なかったな。何もなかった・・・。この人たちはみな地獄を見たのだ。本当に地獄を見たものは、そういうことはしないものだ」"
  山本七平の著作「一下級将校の見た帝国陸軍」にあるエピソードです。私にとっては懐かしいこの著作の中で、山本七平は、自らの体験した徴兵検査からフィリピンでの敗戦と復員までを語っているのですが、内務班の私的制裁やら、「将校を撲り倒すのが唯一の趣味」というような狂暴な参謀が、結果はいつも行動の主導権をもったことや、収容所ではかならず暴力団が発生して、彼らが支配するようになることなど、「暴力(恣意による強制)による秩序」が日常を支配してしまう事を紹介した上で、巻を置く最後に来て、前記の会話を置き、その説明の最後をこう結びます。「常識(*)からいえばあり得ない逆、いわば奇跡に等しいことを、人間のこの一面を、人は心のどこかで、無条件に信じている。そして、それが信じられる限り、パンドラの箱を開けたに等しいどのような世界にも、一つの希望がある」と。(*1)残虐な体験をした者はやり返す(復讐する)はず、という加虐と復讐の連鎖このエピソードを読む時、いつも思います。「本当に地獄を見た」者がもつ思いというのは、一体何なのか? そして、どこかで「無条件に信じている」ものとは、どんな思いであり、それはどんな風景にあるのか? 一体、彼らの「心」は、何を見たのか?と。
●届かないことへの確信
  たとえばこういう風に理解したこともあります。あるいは「人は必ず死に滅びる」ということを、目の前の彼のように、私自身も滅びねばならないことを実感したとき、そして、その実感の上に、誰一人の例外なく滅びねばならないという道理に直面させられた時、「だから誰がどうなろうと得手勝手をした方が勝ち」という我勝ちの心を、逆に人はもてないのではないだろうか? と。人の世界で「徳がある」と呼ばれる行動の奥底にある心根とは、本来ある種の諦念や、哀しみなのかもしれない。それが、せめて寄り添う事を求めるように働くのかもしれない、とも。そして、そういうものは果たしてどうすれば他人に届くように表現できるのだろうか? ということも考えます。例えば、先ごろのバスジャック犯のように、悪戯に世界への憎悪ばかり滾らせた者に、表現して届けることができていれば、或いは、彼にはあの様な凶行とは、別の人生があったのかもしれません。しかし、そんな都合がよい話があるだろうか? そんな心の底深くにある思いなど、そんなに安々と表現したり、他人と共有したりすることが可能なのだろうか? という疑問もあります。疑問というよりも、それは表現もできないし、共有もできないのではないか、という届かないことへの確信とか、軽い絶望のような気持ちです。所詮、こういうものは他人が「与える」ことができるものではなく、その人が自らで明確なり薄々なりに体得していくしかないのかな、という気がします。
  山本七平さんという方は、平成三年に他界されていますので、今となっては、今日の日本の「荒れる青少年」について、どう思われるかを聞くことなど全く叶わないのですが、その晩年に、「これから人々を苦しめるのは、無制限の人々の中に拡散していく無組織の小暴力」であろう、と考えられていたそうです。胸中に愁うところがあったのでしょうから、今のわが国の様を見たなら、舌打ちしたい気持ちになられたかもしれません。私は、まだ読んでいないのですが、晩年の「日本人とは何か」という著作では、三人の江戸時代の人が取り上げられていたそうです。そして、その三人には、戦争や暴力革命で理想社会が出現するとは考えず、その様な手段を用いずに社会の矛盾をいかに解決するかを具体的に追求した、という一つの共通点があるそうです。彼らが、なぜそのような地道な解決にしか目を向けなかったのか、そして、その地道さを追求し続けたのか、ということに「拡散していく小暴力」の魅力とか衝動とかを封じる何かを見たのかもしれません。読んでいない本ですので、それ以上の事は言えないのですが。

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日刊デジクリ 2000/5/30 配信